"Otherworld" Peter Hammill/Gary Lucas
1. Spinning Coins (2:54)
2. Some Kind of Fracas (5:14)
3. Of Kith & Kin (5:30)
4. Cash (2:57)
5. Built from Scratch (4:25) *
6. Attar of Roses (4:20) *
7. This Is Showbiz (3:05)
8. Reboot (6:55)
9. Black Ice (4:59)
10. The Kid (4:16)
11. Glass (3:27) *
12. 2 Views (3:07)
13. Means to an End (1:38) *
14. Slippery Slope (7:04) *
(total 62'51" * instrumental)
このアルバムは、完全な歌ものでも、完全なインスト・アルバムでもありません。歌ものが9曲、インストが5曲という構成になっています。また、Sofa Soundサイトのディスコグラフィ上は「miscellaneous」つまり「その他諸々」の中に位置付けられています。
最初に聴いた時には、実は違和感を感じてしまいました。その正体は後述するとして、その違和感を過ぎてしまうと、このアルバムの奥の深さが見えてきます。全体として、アクの少ない、シンプルと言ってもいいメロディは、より多くの人々の耳を捉えることでしょう。そして、根底にあるピーターの「歌い」の強さがじわじわと自分の内側に刻み込まれていきます。まさに、これまでのピーターの世界とは違う、「別の世界」を見せてくれます。
ゲイリー・ルーカスのギターは、とても艶やかで、エコーたっぷりに浮遊感を演出しつつ、自由自在に飛び回っています。ピーターのギター演奏を聴き分けることは可能ですが、あまり意味はないかもしれません。先日のロンドンでのライブでは、ピーターは青のDeArmondを弾き、ゲイリーはエレアコを使用している様子が写真やYouTubeで確認できますが、レコーディングもそうだったのでしょうか。ピーターだろうと思われる演奏にはアコースティックを使用していると思われるものもあります。ライブではそういうギターの使い分けも行ったのでしょうか。
面白いことに、このアルバムに収録されている楽曲のタイトルを調べてみると、様々な慣用表現が使われていることが分かります。
オープニングの「Spinning Coins」は、「(表が出るか裏が出るか)コインを指ではじいて回転させること」つまり日本でいうコイントスを指しています。歌詞の内容的には、過去のどこかで、どちらかを選択すべき、二つの道が自分の前に示された時に、もし違う選択をしていたら、まったく違う人生になっていたかもしれない。コインを放り投げて決めたような、そんなある種の賭け/選択をずっと私たちはやってきたのだ、些細な物事において、私たちは人生のすべての点が、コインを放り投げることのような無造作な偶発性の結果によって、繋がっていることを知る、みたいな内容です。
次の「Some kind of Fracas」は「ある種の喧噪(轟音、爆音、響き)」となるのですが、この中の「Fracas」という単語について、ツイッター上でファンとのやり取りがありました。曰く、「"Fracas"という言葉が"s"なしで発音されたのを聴いたのは、この43年間で初めてだ」というもの。
「@Sofa_sound @lucasgary Ha! I'd be surprised if there weren't any more surprises. BTW, 43 years and first time I've ever heard fracas sans s.」(Dan Coffey @dpcoffey 2月10日)
これに対して、ピーターが答えて曰く、
「@dpcoffey @lucasgary Ah, divided by a common language, eh? In this case, French!」 (Peter Hammill @Sofa_sound 2月10日)
「あぁ、共通の言葉で違っているね。えぇ?この場合は、フランス語だ!」ということで、同じ綴りで英語とフランス語の両方にこの「fracas」という言葉があるようです。フランス語なので、発音では最後の"s"は発音しない、ということになります。英語でもフランス語でも、この単語は「爆音、喧嘩、轟音」などという同じような意味なので、ピーターの意図しているところは、今のところよく分かりません。でも、歌詞的には、ある時、突然怒鳴った、唐突にそれは起きた、事務所の奥で、悪い時に、悪い場所で。という感じでしょうか。
3曲目の「Of Kith and Kin」は、とても穏やかな演奏で、何でもないようでいて、ついつい口ずさみたくなるメロディが印象に残る曲ですが、「知己と親類」「親類縁者」という意味なのだそうです。私たちが良く使う「身内」的な「ごく身近で親しい人たち」という感覚なのかもしれません。歌詞そのものは、時の流れに思いをはせ、そういった親しい人たちとの繋がりがだんだんと薄れていくことについての感慨と、さてこの先は?、と言ってもいいかもしれません。
4曲目の「Cash」は、なんでしょう。まんま「現金」なんでしょうか? 歌詞的には、なにやら風刺めいているようにも思えます。強い、吐き出すような歌いくちの短い曲です。奴は、小さな池のでかい魚だ。水しぶきを上げることに躍起になってる。その一方で後を追われることの無いようにしている。怪しいときは、奴はいつもキャッシュを支払っている。奴に対する監視がきつくなった時には奴は慌てて、自分の社会的透明性(目立たなさ)を維持するために、疑わしいものにはキャッシュをつぎ込む、…みたいな歌のようです。
5曲目のインスト・ナンバー「Built from Scratch」は、日本でもよく使うと思いますが、「ゼロから作り上げて」「何もない所から作り上げて」という意味でよく使われる言い回しです。楽曲は4分半ほどの力強さを感じるインストです。
続くインスト「Attar of Roses」というのもインストですが、「新鮮なバラから水蒸気蒸留によって採取される揮発性の香油」ということで、アロマテラピーで使うエッセンシャル・オイルの一種のことです。これはどうやらピーターが自分のギター演奏をかなり気に入っているようで、その演奏を指して、こういう表現を使ったのではないかと思われます。根拠としては、ツイッターでのピーターの次の発言。
「@dpcoffey @lucasgary Thanks Dan. Btw you might be surprised by quite how much of the guitar on "Attar" is by the abrasive riff-ist ;-)」(Peter Hammill @Sofa_sound 2月10日)
「”Attar”でのギターのいったいどれだけ多くが、神経を逆なでするようなリフ-主義者によるものか、ということにも驚かされると思うよ;-)」という茶目っ気たっぷりな表現で、まさに、その、「人の神経を逆なでするような耳障りなギターのリフ」を信条としている節のある(「-主義者」)であるピーターが、なんと嫋やかで美しいギターを演奏しているのか! と驚かされます。バックにはずっと水音が流れている、というのもポイントです。
また、一転して元気のいいリフで始まる7曲目「This is Showbiz」では、逆にポップ色が濃い軽快な楽曲です。これが「ショー・ビジネスだ」というタイトルは、意味深としか言いようがありません。個人的にはアメリカン・テイストを感じるのですが、ピーターの過去の作品では聴くことができないテイストであるのは間違いありません。歌詞は、一日を何とかしのいでいるショービジネスの芸人(売れない歌手?)の視点で書かれているように思えます。ある種の希望を謳ったものでしょう。
8曲目は、最初インストかと錯覚してしまいましたが「Reboot」。コンピューターではよく使う言葉ですが、「再起動」しかもちゃんと電源を落としてから、OSをロードするところから行う完全な「再起動」のことです。単なる「リスタート」ではありません。つい、このアルバムの制作中に、そういうことが必要な場面があったのではないかと想像してしまいました。歌が入っているのはごく一部で、大半がインストであり、後半の荒々しいリフには驚かされることでしょう。「これがシャットダウンではないことを私が願っていることを神様は知っている」「リブートして、リトライして、そしてあなたの痛む心臓のある場所の近くに留まるんだ」
9曲目の「Black Ice」は、道路や地面を薄く覆う氷。透明で、滑りやすい危険な氷のこと。薄く、透明であるがゆえに地面の色がそのまま艶やかさを増して黒光りして見えることから「黒い氷」と呼ばれているようです。ということで、このタイトルもその氷そのものと言うよりは、その、見えづらく、滑りやすい、危険な状況を指し示しているのではないでしょうか。歌詞は、スターダムに上った人物についての警鐘となっているように思えます。
10曲目にはシンプルな「The Kid」という言葉がタイトルに選ばれています。歌詞の中には「ファウスト的な取引」という言葉も出てきます。男の子が成長していく過程で得るものと失うものについて歌われているように思えますが、成功した子役の物語にも思えます。そしてその失墜の。
続く「Glass」は、通常であれば「ガラス」か「グラス/コップ」のことです。インストなので、それ以上の推測は出来ません。浮遊感のある演奏から私は「(ワイン)グラス」を思い浮かべてしまいました。
12曲目の「2 Views」は、「二つの見方」「二つの眺め」くらいの意味でしょうか。「あなたが去ろうとしている部屋は、あなたが入っていった部屋と同じものではない。」「前を見て、後を振り返らないで」「あなたの後ろで、雲は黒い。だけど、見て、前方の空は晴れ渡っている」と短いながらとてもポジティヴな歌詞が静かに歌われています。
次の「Means to an End」では、タイトルの意味としては、それによって目的を達成するための手段のことで、何かを為すために採る最終的な手段と云う様なニュアンスです。短いながら強めのフレーズが印象的なインストです。
そして最後、14曲目となるの「Slippery Slope」は、直訳すると「滑りやすい斜面」ですが、転じて「もはや後に引けない段階」「引き返すことが出来ない地点」という意味で使われている慣用表現のようです。アルバム中最長の7分ほどですが、二人のギターによる静か目の即興演奏のようで、明瞭なメロディやリズムはありません。タイトルの「Slippery Slope」という言葉は「Black Ice」の歌詞の中でも使われています。
さて、最初に「違和感」と書いたものの正体ですが、全体的に、「ピーター・ハミル」の個性はすこし引っ込み気味で、ゲイリー・ルーカスの持ち込んだ、流麗で洗練されたギターのアレンジのもたらす印象がそれです。1曲目を聴いたときには、あぁピーターの少し前の雰囲気のボーカル・ラインだなぁと感じましたが、その後は、いつもの「ピーター・ハミル」的なものを期待すると、そうではないので、人によっては少し肩透かしを食ったような気分になるかもしれません。個人的には、メロディの印象が少々「普通」に感じましたが、peterhammill.comの管理人と意見があったのは、「これは予想以上に売れるのではないか」という印象についてでした。つまり、これまでピーター・ハミルを聴いたことがない人たちにとって、すごく入りやすい音楽なのではないか、ということです。コアなファンにとっても、聴きこむたびに、ピーターとは異なる個性のゲイリー・ルーカスがいることで、楽曲の奥に広がっていく音楽世界が、これまでのピーターの世界とは異なる世界となっていることに新鮮な驚きと面白さを感じられることと思います。私にとっては、あぁ、それが「アザーワールド」というタイトルの意味なんだな、と思った次第です。
ところで、このアルバムは、アナログ・ディスク(LP)でも発売された訳ですが、収録された楽曲のバランスは、LPとCDの収録可能時間の違いもあり、CDより4曲、約20分ちょっとが削られています。また、A面、B面共に歌もので始まり、インストで終わる構成をとっています。これにはピーターの意図的なものを感じることが出来ますが、CDでは前半の締め的な位置づけであった「Built from Scratch」をB面のラストに持ってきたことでも、アルバム全体の印象が大きく異なってきます。
また、特にCDではラストを飾った2曲のインスト「Means to an End」と「Slippery Slope」が削除され、結果10分近いインスト曲がないことでLPでは歌ものの比重が大きく感じられます。実際には、歌ものも2曲「Reboot」と「Cash」の、やはり10分超の削除があるのですが、特に「Reboot」はインスト部分がかなり多いこともあって、全体の印象を「インスト寄り」から「歌もの寄り」にするのに一役買っているように思います。特にA面はその印象が強いです。
"Otherwrld" (LP)
Side One:
1. Of Kith And Kin (5:30)
2. Some Kind Of Fracas (5:14)
3. This Is Showbiz (3:05)
4. Spinning Coins (2:54)
5. Attar Of Roses (4:20) *
Side-A total 21'03"
Side Two:
1. 2 Views (3:07)
2. Glass (3:27) *
3. Black Ice (4:59)
4. The Kid (4:16)
5. Built From Scratch (4:25) *
Side-B total 20'14" (* instrumental)
個人的には、このLPのフォーマットの方が、ピーターのいつもの「約40-45分前後が、ひとが集中して音楽を聴ける時間」という主張に近い構成なのではないかと思っています。
by BLOG Master 宮崎