店頭に「Veracious」が並び始めている頃だと思いますが、みなさん、もう耳を通されたでしょうか。このデュオ・スタイルでの日本公演を見たことのある方にはある意味なつかしく、見たことのない人にとってはとても新鮮に聞こえるアルバムだと思います。まだ入手されていない方はぜひお聞きになってください。
さて、そうしている間に、ニック・ポッターとは違うレビューも並行して始めてみたいと思います。それは
クリス・ジャッジ・スミス。現在は単にジャッジ・スミスと呼ばれることを好んでいるようですが、彼は1967年にマンチェスター大学でピーター・ハミルと二人でVdGGを結成した創立メンバーであり、同時にVdGGという名前そのものもジャッジ・スミスの発案だ。しかしながら、その後「一つのバンドに二人のリード・ボーカルは要らない」ことからVdGGを脱退。デヴィッド・ジャクソンらとHeebalob(1969)を結成(すぐに解散し、デヴィッドがVdGGに参加した)。その後いくつものバンドを結成しては解散を繰り返した。1976年頃からマックス・ハッチンソンとともに舞台での音楽劇を手がけ、それらはイギリス国内ではそれなりに人気があったようで複数の劇場で上演されている。1982年のリーナ・ラヴィッチとの「マタ・ハリ」はその中でも有名なものではないだろうか。また、彼は賞を取った短編映画「ザ・ブラス・バンド」(1974)というのも作っている。さらには室内オペラ「The Book of Hours」(1978)や、「Not the Nine O'clock News」(1979-82)といったTV番組をも手がけている。1972年から1990年までをかけた大作「The Fall of the House of Usher」はピーター・ハミルとジャッジ・スミスの共同作品として広く認知されている。そのジャッジ・スミスのソロ・アルバムをこれから紹介していきたい。
"Democrazy" (1991) Chris Judge Smith

1. Viking (1968-69)
2. Imperial Zeppelin (1969)
3. The Institute of Mental Health (1967 or 1968)
4. A Letter to Lady (1970)
5. The Last Airship in the World (1973)
6. Last Night I Dreamt I Played with Alfie Nokes (1973)
7. There's No Time Like the Present
(Unless Perhaps it's Yesterday) (1973)
8. Garibaldi Biscuits (1973)
9. Almost Twenty-Three (1973)
10. Nineteen-Nine (1973)
11. Time for a Change (1973)
12. Sic Itur Ad Astra (1973)
13. Been Alone So Long (1973)
14. Our Lady of the Losers (1973)
15. Alderfield (1975)
16. Cairo Cairo (1976)
17. The Contact (1976)
18. The Hotel Belvue Metropol Beach Excelsior (1977)
19. Dies Irae (1977)
本作品のジャケットの写真の中には'67 - '77 という年が写っている。ここに収められたのはジャッジ・スミスの作品とは言え、きちんとしたスタジオできちんとしたプロダクションを行い、アルバムとして発表することを目的としたものではない。それはタイトルからも分かるように、ここに集められたのはデモ・テイクばかりである。なぁ~んだ、と思う人もいるだろうし、音質を懸念する人もいるだろう。しかし、これがジャッジ・スミスにとって最初の公式なアルバムである。なぜ?なぜデモ集?と思う人も多いかもしれない。だが、これはデモ集であると同時に最初の公式アルバムである。それは事実である。
収録されたデモは大きく3つか4つのグループに分けることが出来るだろう。最初の3曲はVdGG結成の頃のピーターとの共作。4曲目から14曲目まではソロとしていろいろなことを試していた頃のもの。これらのうち7曲目から13曲目まではピーター・ハミルによるプロデュースした作品を楽しむことが出来る。そして、15曲目以降は舞台演劇用の音楽提供者としての地位を固めつつある時期の音楽。当然ながら後半に行くにしたがって完成度も上がり、音質もよいものが増える。
ジャッジ・スミスはボーカリストであるが、VdGG時代からドラムスやパーカッションも演奏しており、本デモ集の中にはユーフォニウムを演奏している曲も含まれている。参加メンバーは、VdGGメンバーとそれ以外の(日本では無名の)ミュージシャンが半々と言ったところか。VdGGメンバーが演奏で参加した曲は、以下のようになっている。
ピーター・ハミル(7,10,11,12,13)guitar, bass, harmonium, backing vocals
デヴィッド・ジャクソン(7,9) sax, flute
ヒュー・バントン(8,12,15,17) piano, guitar
またジャッジに曲を提供(作詞は基本的にジャッジが多い、もちろんピーターとの共作扱いのものもある)したのは、次の楽曲だ。
ピーター・ハミル(1,2,3,7)
ヒュー・バントン(8,15,17,18)
意外なことにヒュー・バントンの作曲した曲が4曲もあるのだ。他はジャッジ自身やその時々のパートナーだったと思われるバンドのメンバーが曲を書いている。マックス・八チンソン、イアン・ワトソン、スティーヴ・ロブショーといった面々だ。
陰鬱なエレキ・ギターのくぐもったコード・カッティングで始まる。一聴しただけでこれがピーター・ハミルの「フールズ・メイト」に収録されている「Viking」のデモだとは分かりにくいかもしれない。メロディ・ラインも含めてかなり印象は異なる。アレンジの違いとはこれほどまでに大きいのか、と実感させられるが、それはそれで、こちらのテイクも実に味わい深い。「フールズ・メイト」ではロバート・フリップがソロを取っていたが、こちらではスティーヴ・ロブショーがギターを弾いている。ピーターがなぜこの曲を自分のアルバムで取り上げようと思ったのか、その答えがここにある。じっくりと聴き込んでみてほしい。2曲目もまた「フールズ・メイト」に収録されている「Imperial Zeppelin」であるが、イントロはマイナー調のもので、一瞬何の曲?と思ってしまう。マックス・ハッチンソンがここではサックスを吹いている。このサックスもデヴィッド・ジャクソンと比較してみると面白いだろう。さらに3曲目では「ネイディアズ・ビッグ・チャンス」収録の「Institute of Mental Health」だが、ジャッジ・スミスとピーター・ハミルとの個性の違いが際立っている。どちらかといえば粘着質な歌い方をこの頃のジャッジ・スミスはしている。その辺は好みの分かれるところかもしれない。
4曲目は、曲を前もって知らないという意味では「初めて」の曲となるが、すでに音楽の完成度が大きく向上していることにまず気づく。後に舞台音楽へと進むことを知っているせいか、とても演劇的に聞こえる。とても演出されていてドラマチックな歌い回し、歌い方そのものがよりクラシック的な、オペラにも通じるようなミュージカル的なものへと変化し始めている。5曲目では朗々たる歌い回しが印象的だ。繰り返し歌われるさびのメロディも素晴らしい。気に入ってしまった。6曲目もまた深い味わいのポップ・ソング。ピーターがかつて「ポップ・ソングの書き手としては、ジャッジの方が素晴らしいものを書く才能を持っている」といっていたことを思い出した。
7曲目からは、プロデュースがピーターということで、雰囲気が若干変わる。1973年前後といえば、1972年には「Chameleon in the Shadow of the Night」と「The Silent Corner and the Empty Stage」が、1973年には「In Camera」を発表しているわけですが、それらのアルバムの中でなじみのある音色やアレンジの傾向がこのデモ集の中に収められている楽曲からも感じられる。7は後の「ネイディア」にも通じるようなロックン・ロール的なベースラインにアコースティック・ギターが絡まり、さらにはデヴィッドのサックスも登場し、アルバム中もっともピーター的なアレンジと言える。8ではピーターは演奏には参加していないがヒューがいかにもヒューらしいピアノを弾いており、非常に感動的なバラッドに仕上がっている。ただ、ジャッジによるエキセントリックなボイスがところどころ重ねられており一筋縄ではいかないところが面白い。9ではデヴィッドのフルートも加わりジャッジとマックス(g)とマーティン・ポッティンガー(ds)の4人でのHeebalobのレパートリーだった曲だ。これにベースのジョン・ウェイアが加わるとHeebalobとなるらしいが、ここにはいないのが残念。いい曲だ。10ではジャッジのユーフォニウムに導かれてレゲェのリズムでピーターがベースをブイブイ唸らせている。バッキング・ボーカルはどうやらピーターだけのようである。スパニッシュ・ギター風のイントロで始まる11ではピーターの「pH7」に収録されることになる「Time for a Change」が取り上げられているが、複雑さこそ少ないものの基本的なアレンジはほぼ方向性が固まっているように思える。ボーカルの違いを楽しめる一曲だ。作曲がスティーブ・ロブショーだというのは意外かも知れない。12ではピーターとヒューが顔をそろえている。ただしヒューはピアノではなくギター・ソロだ。ギター、ベースに加えてハーモニウムを弾いているのはピーター。ここでは後の作品にも通じるドラマティックな音楽が展開されている。エキサイティングだ。13では「ネイディア」に収録されることになる人気曲「Been Alone So Long」ピーターとジャッジの二人だけでの録音。これも基本的なアレンジの方向性はすでにほぼ固まっている。ボーカルの違いを楽しめる一曲だ。14はプロデュースはジャッジ本人だが、同じ年に録音されているがバンド編成で、彼の新しい一歩を示している。より軽いジャズ・ソング的なポップスだ。
15曲目以降は1976、1977の二年間に録音されたもの。15はヒューの作曲でプロデュース。演奏も二人だけ。少しプログレ的なイントロから夢見るようなアルペジオに導かれて子守唄のように優しい歌が歌われる。16は一転してバンド編成に戻り、15世紀のスペインのエロティックな俗謡「Pasa el Agoal」のメロディをいじったと言う陽気な(というよりも能天気な)歌声が印象的な、古い喜劇映画でも見ているような気分になる愉快な曲だ。17では再びヒューとのデュオでもちろん作曲とプロデュースはヒュー。録音もヒューの自宅で行われている。まるでミュージカルのスターが舞台でクライマックスのソロを歌っているような朗々とした曲。18,19の二ははThe Imperial Storm Bandという当時の彼のバンドでの録音となる。ともに、ジャッジが「シアトリカル・ロック・バンド」と呼んでいただけの事はある音楽劇的な楽曲である。演奏も録音もしっかりしている。これらの楽曲が舞台で使われていたのだとしたら興味深い。60年代ポップス的な良質なポップスである。本当にお芝居を見たような盛り上がりを見せてこのアルバムは幕を下ろす。とても味わい深い、汲んでも尽きせぬ発見のあるデモ集である。
さて、このアルバムで、自らの過去を一旦清算したジャッジが次に製作するのは、本当の意味でのデビュー・アルバムとなる「Dome of Discovery」である。こちらもそのうちご紹介しよう。
by BLOG Master 宮崎