"The Least We Can Do is wave to Each Other" <Van der Graaf Generator> |
1. Darkness (11/11)
2. Refugees
3. White Hammer
4. Whatever would Robert have said?
5. Out of my Book
6. After the Flood
録音は1969年12月11日から14日までの4日間をかけて行われている。つまり「エアロゾル」からおよそ半年程度しか経っていない時期である。「エアロゾル」がもともとはソロとして製作され、そのために元メンバーが集められて録音が行われたのではあるが、当然、メンバーは別の仕事をしていたり他のバンドのメンバーだったりしたわけである。しかしながらバンドとしての活動を再開するという意志の下再びメンバーが集結する。それはマネージメントとしてバンドを見ていたトニー・ストラットン・スミスの希望でもあった。まずピーターはヒューとガイに声をかけた。ガイは当時やっていたミスアンダーストゥッド(Misunderstood)からベーシストのニック・ポッター(Nic Potter)を引っ張ってきた。そして、トニーのオーディションを受けていたジャッジ・スミスのバンドであるヒーバロブ(Heebalob)からサックス、フルートのデヴィッド・ジャクソン(David Jackson)が参加することになったのである。
楽曲は全6曲で約43分強。トライデント・スタジオで「エアロゾル」同様にジョン・アンソニーのプロデュース、ロビン・(ヘイ、今の録るの忘れてた)ケーブルのエンジニアリングで行われている。ジャケットのデザインはバンドということになっており、まだポール・ホワイトヘッドではない。稲妻が光る空、実は、バンドの名前の由来となっているヴァン・ダー・グラーフ式静電発電機の先端のボールから迸る電気なのだが、そのヘッドの球体部分に目のような模様が描かれ、そこに小さくメンバーが写りこんでいる。一方裏ジャケは同じ絵が続いているのだが、波間に漂う筏の上にメンバーが座り込んで、蝋燭らしきものを取り囲んでいる。ジャケットは見開きで内ジャケはメンバーの写真が同じ大きさの四角に揃えられ並んでいる。それぞれの下には幼いころの写真が添えられており、その間に名前と担当楽器が記されている。右側には先ほどの筏の上に乗っていた蝋燭とお面とビー玉のようなものが配され、曲名その他の情報がクレジットされている。
「Darkness (11/11)」は、数字にまつわる歌。作曲された日付が1968年11月11日。その数年前に書いたアイスランド風英雄伝(ひどい失敗作だったとは本人の弁)を読み返していて思いついた歌詞なのだそうだ。『それは11番目の月の11番目の日』11月はもちろん蠍座の月である。PHの誕生日は11月5日。運命的な数字がテーマとなった曲である。
「Refugees」今に至るまで最も人気の高い曲であると言っても言い過ぎではない曲だ。先行シングルとして発表されたバージョンとは異なり、ヒュー・バントンのアレンジによるチェロを弾いているのはゲストのMike Hurwitz。ピアノはヒューではなくピーター。ドラマティックな展開だが、不必要に華美にならず押さえた感じがさらに曲の味わいを深めている。昔の邦題は『逃亡者』であったが、実際には『難民』という方がより正確だろう。何かから逃れていく男女の歌。マイクとスージーについては、調べてみて欲しい。実在のモデルがいるからだ。
「White Hammer」は、ゲストのGerry Salisbury奏でるコルネットが耳を引く。聴きようによってはこの曲はR&B的な要素も持っているのだが、リズムの感触がまったくアメリカや黒人音楽を感じさせないものであるため、非常に奇妙な曲である。この曲は「エアロゾル」での「アクエリアン」に通じるものを感じさせる。
「Whatever Would Robert Have Said?」旧B面に移り、ここで言うロバートとは、MIT(マサチューセッツ工科大学)のロバート・J・ヴァン・ダー・グラーフその人であるとのこと。Eギターを弾いているのはニック・ポッターである。ピーターはこの時点でもまだアコースティック・ギターしか弾いていない。ベーシストのイメージの強いニックだが(ソロ・アルバムではむしろキーボード奏者のようだ)、このアルバムで聴くことのできるギター演奏はなかなか味がある。
「Out of my Book」で再び柔らかな穏やかな世界を提示している。曲はエアロゾル」からの連続性を感じさせるアコースティックな面持ちを湛えており牧歌的とすら言えるかもしれない。しかし、音の処理の仕方が素晴らしく、時空を超えたパノラマが目の前に広がるような錯覚を覚える。科学的な、感情的な問題に対処する方法について、論理によるものと非論理的なものについての洞察的な歌。日本公演でも何度か歌われた名曲である。フルートがとても美しい。
「After the Flood」アルバムの最後を飾るのは洪水の後の世界を歌った過去とも未来とも取れる曲。「水が全ての上に押し寄せて、街々は強大な波の中に砕け散る」と歌い、「再び水が堕ちてくれば、全ては死に、誰一人として生きてはいないだろう」と繰り返す。ここでもニックのギターが印象的に使われている。アルバム中の白眉と言える曲。他の5曲がすべて8トラックで録音されているのに対して、この曲だけは16トラックでの録音であり、この曲がいかに作り手にとっても気合の入ったものであったかがわかる。途中引用されているのはアルバート・アインシュタインである。
タイトルは、ミントン(John Minton;1917-1957;UK, 画家)の言葉からの引用である。"We're all awash in a sea of blood, and the least we can do is wave to each other" (John Minton)というクレジットが内ジャケットに載せられている。タイトル部分だけを見れば『私たちに出来る最小限は互いに手を振ることだ』と読める。波、音波、手を振ること、電気/電子の波、あるいはテレパシーやシンパシー。そういった意がこめられているのではないだろうか。
カリスマとの契約第1作目であり、バンドとしての初の本格的なアルバムという意味でも、前作の成り立ちを考えるとこれが本当の意味での1作目だと考えてもいいだろう。本作で初めて『クラシック・ライン・アップ』とピーターが呼んでいる顔ぶれが揃う訳だが、最初からこのメンバーでやっていたかのような印象さえ受けるほどまとまっている。このアルバムには先行シングルとして「レフュジーズ/ボート・オブ・ア・ミリオン・イヤー」が発売されているが、A面はアルバム収録とは異なる録音。B面は未収録(後にコンピレーション・アルバム「68-71」に収録)。また、「レフュジーズ」は2003年に映画「TILT」のサントラ用として切望されピーターによるピアノ弾き語りバージョンが録音され使用されている。
重厚さと切なさとが微妙にバランスを保ちながら奇跡的な美しさをたたえたこのアルバムは、バンドが動き出したばかりであることを考えなくても傑出している。ピーターがアコースティック・ギターしか弾かないこともあってか、 静と動の対比は極端とすら言えるだろう。楽曲の雰囲気はまだ「エアロゾル」の楽曲とも通じるところも多いのだが、その個性はすでに飛びぬけてストレンジである。それほどまでの個性を打ち立てた楽曲を作ったピーター・ハミルは録音時21歳になってまだ1ヶ月しか経っていなかったのである。また、それを前作より格段にバンドとしての音のまとまりを示す素晴らしい作品とした原動力はアレンジなのかも知れない。
旧A面では特に『サキソフォンのファン・ゴッホ』デヴィッド。ジャクソンのサックスやフルートが印象的である。爆裂するサックスと美しいフルートは同じ人物が演奏しているとは思えないほどの差がある。旧B面ではニック・ポッターのEギターが(意外にも)重要な役割を果たしている。もちろん、2曲の秀逸なバラッドがもっとも強烈に印象に残るのは間違いないだろう。その2曲は今もライブで演奏されることも多いのでぜひこのアルバムでオリジナルを確認しておいてほしい。
by BLOG Master 宮崎