"Over" <Peter Hammill> |

1. Crying Wolf
2. Autumn
3. Time Heals
4. Alice (letting go)
5. This side of the Looking-Glass
6. Betrayed
7. (on Tuesdays she used to do) Yoga
8. Lost and Found
もはやバンドはその求心的なエネルギーを維持するには疲弊していた。それでもHughとDavidが抜け、新たなメンバーを補充することで「発電機(Generator)」をはずしてもなおVdGとして活動を継続するだけの動機がPHにはあったのかもしれない。そんなバンドの変動の狭間にあって発表された本作は、一般的には「内省的」とか「あまりにナイーブな」などと形容されている。しかし本当にそうだろうか。時を経て何度も聴き返すうちにそういった背景事情は薄れ、ただ純粋に音楽として聞こえてくるようになったのかもしれない。タイトルの「Over」には「過剰な、上の、優れた、余分の、終わって、終了して、完了して、おしまいになって、《無線》応答どうぞ、~を越えて(超えて)、~の向こう側に、~の上に、~以上、~以降、~を越える」というように使いようによってさまざまな意味があるが、バンドの状況を知っているファンには「終わった」というPHのつぶやきのように聞こえたに違いない。しかし、ここからさらに「向こう側へ」と進んでいくのだという宣言なのかもしれないし、あるいは単にバンドを再結成していた時期「全般にわたって」書き溜めたソロ作品の集成だという意味かもしれません。解釈は多様。真実は音楽の中にのみ存在する、とはPHがいつもアーティスト・ノーツの最後に添えている言葉です。
オープニングはロックンロール曲「Crying Wolf」。歌詞を読まずに「遠吠えをして泣き叫ぶ狼」とイメージしている人も多いかもしれないが、一般的には「cry wolf」といえば、狼少年に代表される人騒がせな嘘をついて世間を騒がせる事を指し、「でたらめを言う」の意味である。そういう「狼少年があなたの羊の心の深いところにいるよ」という歌詞が象徴的。ドラムスとベースはVdGで再び顔をそろえることになるガイ・エヴァンスとニック・ポッターである。ロックンロールの後はアコースティックな逸品「Autumn」。ライブでも人気のあるシンプルな小品。ここで初めてグラハム・スミス(Graham Smith)(vln)がソロ・アルバムに登場する。こういったセンチメンタルな曲もこのアルバムの特徴といえる。3曲目の一時期ライブでもよく演奏された「Time Heals」もまた途中アップテンポな展開も含めてセンチメンタルな歌詞が強烈に印象に残る曲。この曲でもまたVdGのリズムセクションが活躍している。そして「Alice (letting go)」。アコースティック・ギターを中心としたおなじみのスタイルであるが、曲調は以前の作品とはかなり異なっており硬質な印象を与える。私の元を去っていく女性(アリス)を「そのままにしておく、あきらめる」うた。
「アリス」と言えば、普通は「不思議の国の…」が有名だが、ここでは続編の「鏡の国の…」を思い起こしていただきたい。ただし小説の方は「Through the Looking-Glass」である。しかしこの曲のタイトルは「This side of the Looking-Glass」つまり鏡の国にまでアリスを追いかけていくことの出来ない「私の歌」。そして再びGSの美しいバイオリンをフィーチャーした「Betrayed」つまり「裏切り」。怨念のこもったかのようなアコースティック・ギターの音が耳に残る。さらにアコースティック・ギターをベースにした「(on Tuesdays she used to do) Yoga」。傷ついた心を建て直し、過去に決別するかのような歌詞がなかなかに怖い。最後に来たのは「Lost and Found」。つまり、なくしたものを見つけたということ。遊園地などにある「拾得物預かり所」を英語で言うとこれ。落し物をした人が届けられていないかを尋ねる所。あるいは見つける場所。最後のこの曲でもう一度ガイとニックの二人が登場している。
とてもナイーブな作品として認知されているこの作品だが、よく全曲を見てみると、VdGGを崩壊させた誰かさんに対しての「嘘つきめ!」という激しい非難から始まって、秋風の吹くような傷心、時間だけが解決できるほどのひどい落ち込み、もういいからどこへなりと行ってしまえという自暴自棄、この世界に自分ひとりだというほどの絶望、「裏切り者!」と叫びたくなるほどの恨み言、少し冷静になって振り返ってみてやっとできた気持ちの切り替え、新しいVdGとしてのメンバー(友人)の獲得によって再びバンドを動かし始めようという気持ちになるまでのPH自身の状態を歌ったものだと深読みすることも可能ではないだろうか。発表された時期はまさにVdGGからVdGへとバンドが大きく変化した時期なのである。超私的な内向的なセンチメンタルなアルバムのように見えて、実は外に向かって内面にたまっていたものをすべて吐き出した攻撃的な作品でもあると言える。これですべておしまい、もう後ろは振り返らない、かつてのVdGGを超えていくのだという意志が込められているのかもしれない。
by BLOG Master 宮崎

