"Skin" <Peter Hammill> |
1. Skin
2. After the Show
3. Painting by Numbers
4. Shell
5. All Said and Done
6. A Perfect Date
7. Four Pails
8. Now Lover
「Patience」以来久しぶりのオリジナル・スタジオ・アルバムとして発表された本作は、そのジャケットから「変化」を示していた。派手な色彩でデジタライズされたPHの顔写真。裏ジャケットは対照的に黒地にシンプルな曲名表示。曲数は平均的な8曲だが時間表示を見ると最後の「Now Lover」が9分台と長め。聴く前から期待してしまう分数である。しかしながらこのアルバムは本格的な試行錯誤の始まりと言ってもいいだろう。従来の作風とは明らかに異なる楽曲を積極的に試しているように聞こえるし、さまざまな新しいテクノロジーもこれまで以上に貪欲に取り込んでいると言えるだろう。「The Love Songs」からアートワークを担当しているポール・リダウト(Paul Ridout)が本作ではマニュピレータとしてもクレジットされており、MIDIを大々的にフィーチャーしたPHの新たな音作りを支えている。クレジットを見てファンが驚いたのはもうひとつある。なんとヒュー・バントン(Hugh Banton)がおよそ10年の時を経て参加しているのだ。残念なことにオルガン、キーボードではなく、「パーフェクト・マッド・チェロ(Perfect Mad Cello)」で1曲のみというものだが、二人の和解がなされたことを多くのファンが推測したのだった。
A面1曲目のタイトル・ナンバー「Skin」でのバスドラのビートで始まるイントロには本当に驚かされた。すぐにPHのボーカルが重なってくるが、一瞬のブレイクの後に続く軽めのオルガンとアコースティック・ギターの演奏は従来のPHのアレンジやコード進行とは明らかに異なるものである。この曲で戸惑ったファンも多いことと思われる。80年代の来日公演では大阪公演でのジョン・エリスとのデュオでの演奏が強烈なインパクトがあったので記憶に残っている方も多いだろう。続いてはライブでは一時期定番となっていた「After the Show」。ライブでのピアノの弾き語りでの重い歌いまわしに比べ、軽いリズムが終始流れておりテンポがよい。ずいぶんとおしゃれなアレンジだと思う。まるで映画に出てくるカフェが舞台であるかのような印象。3曲目はシングルカットされ、さらには12インチ盤まで出た「Painting by Numbers」だが、これは完全にヒットを狙った曲だったのか、それともピーター・ガブリエルの「スレッジ・ハンマー」を意識して、その対抗作として書かれたものなのか、いずれにしても大変ポップでパワフルな曲である。金管系のホーンはサンプリングかMIDIだと思われるが、PHには似つかわしくないとしてずいぶんと批判もあった。12インチバージョンでは中間部に、いかにもPHらしいダークな展開が少しだけ挿入されていたが、アルバムは7インチと同じバージョンのようだ。さらにライブでも密かに人気のある「Shell」では再び洗練されたポップ・ソングの常套的なアレンジを模したような演奏をバックに軽い歌いまわしで、しかし丁寧に歌われていく。そのおしゃれな印象のまま「All Said and Done」が始まるが、これもまたアコースティック・ギターのカッティングとリズム・セクションのつくりが非常に爽やかで、PHではないのではないかと疑いたくなるほどだ。
旧B面に移るとギクシャクとしたリズムのフレーズが印象的な「A Perfect Date」で幕を開ける。ここでは幾分PHの従来の節回しを想起させるようなメロディーが登場してくるためある意味ほっとする。しかし段差ぶるといってもいいリズミックなアレンジはこのアルバムならではのもの。2曲目はこれもまた一時期ライブで定番化していた「Four Pails」。メロディ自体は「Autumn」などにも通じるメランコリックなもので、実際ライブでのピアノの弾き語りによる演奏はかなり人気がある。ライブの方が迫力が何倍もあるのも事実。そして問題の「Now Lover」だが、イントロから雰囲気が一変する。HBによるチェロとボイスによるおどろおどろしいイントロにPHの歌とドラムスとが一閃すると、このアルバムを大きく特徴付けているMIDIシンセの音がかぶさってくる。本作のもうひとつの特徴であるズバッズバッと切り込んでくるリズムとが反応しあい、一気に引き込まれる。と、突然曲調が変りゆっくりとしたリズムに変る。PHの長尺曲らしく静と動の対比は激しい。最後は再びイントロに回帰して終わる。
PHの作品の中で最もポップなアルバムとしてファンの間ではあまり人気がない作品かもしれない。しかしながらライブ録音で聴くことのできる曲だけでもぜひ聴いてみて欲しい。決して「PHらしくない」作品ではないのである。むしろこのアルバムの本質が聴こえるまで何度でも聴き込んでもらいたい。ポップなうわべは、PHが「より多くの人たちに聞かれること」を目的としてとった戦略的な手段であった。また、同時に新しいテクノロジーを本当に自らのものとするために通過しなければならなかった過渡期でもあったと思う。決して名盤と呼ばれる類のアルバムではないが、PHの音楽の成長の過程を知りたいファンには大事なアルバムである。ここでの取り組みは、しかし、まだ序の口に過ぎなかったのも確かである。なぜならば、ここではガイ・エヴァンスなどの助けを借りることで、テクノロジーの使用をある範囲に限定しているからだ。本当の意味での試行錯誤はまだ始まったばかりである。
by BLOG Master 宮崎