"A Black Box" <Peter Hammill> |
1. Golden Promises
2. Losing Faith in Words
3. The Jargon King
4. Fogwalking
5. The Spirit
6. In Slow Time
7. The Wipe
8. Flight
前作「pH7」の完成度の高さから、いったいどういう作品が次に出てくるのか?期待と不安の中発表された第9作目。黒に白字でPHの手書き文字だけが記されたあまりにもシンプルなジャケットは、それまでの必ず自分自身が入っているデザインに慣れていたファンには多少驚きをもって受け入れられた。メンバー的にはサックスのデヴィッド・ジャクソンが客演しているのはいつものこととして、ランダム・ホールド(Random Hold)のキーボード奏者デヴィッド・ファーガスン(David Ferguson)がシンセとタンバリンで3曲参加しており、「In Slow Time」を共作している。PH自身による多重録音という点は変わらないものの、音的には前作よりもバンド的なものとなっている。もっとも特徴的なのは1曲ずつが短いA面と1曲しか入っていないB面という極端な構成。録音は1979年11月から1980年の4月にかけてソファ・サウンドで行われ、ミックスダウンはエンジニアとして参加したデヴィッド・ロード(David Lord)の手でバースのクレセント・スタジオで行われた。
オープニングは思い切りエフェクト(コンプレッサ?)のかかったハイハットを叩きつけるようにして始まる。このアルバムの特徴ともなるこのつぶれたハイハットや皮の破れたかのようなスネア、いずれもショート・ディレイがかかっていてピーター・ガブリエルの3rdとは対照的なドラムスの音作りを行っている。基本的にはベース、ギター、ピアノが重なっていくわけだが、アレンジは前作までに比べると楽器構成を踏まえてシンプルになっているように思える。ただし、アレンジのせいか、イコライジングのせいか、音の手触りは非常にざらざらとしたものでさらっと聴くわけにはいかない。力強いリズムと荒涼とした風景の広がるギターやピアノの音が強く印象に残る。2曲目「Losing Faith in Words」は、さらにキーボードの音が加わるのだが、殺伐とした光景はここでも繰り返される。コミュニケーションに対する絶望。しかしそれを歌として歌わないわけにはいかないコミュニケーションに対する渇望。つづく「The Jargon King」では前々作での「A Motor-bike in Afrika」を思い起こさせるパーカッションとノイズによるビートを軸として吐き出すような歌が重なる。ギターは完全にインプロビゼーションによるものか。後のライブ・アルバムでのバージョンと聴き比べてみてほしい。4曲目「Fogwalking」では、おなじノイズ基調でありながら、静かで重く、深い霧の海の底を歩いているような曲。メロディ自体はアレンジによってはポップとさえ呼べるかもしれない。あえて抑揚を抑えて歌われている。そして夜が明けたかのようなギターのフレーズで始まるのが「The Spirit」。アコースティック・ギターで刻まれるリズムは特徴的なドラムスとあいまって破綻した雰囲気を醸し出している。ライブとの印象はかなり違う。ある種能天気な曲調なのだが、殺伐としているのは、ドラムスや歌い方のせいだろうか。「In Slow Time」は、歌詞を聴けば短絡的にイメージするとおりダンス・パフォーマンスのために書かれた曲。後に「ループス・アンド・リールズ」にも収録されるが、この曲で踊られたダンスとはいったいいかなるものだったのだろうか。おどろおどろしい曲調はこのアルバムにふさわしい。そしてA面最後の曲「The Wipe」は3曲目の「The Jargon King」の続編のような印象を与える。ただし、歌はなく、もっと激しいノイズとリズムが暴れている。
旧B面は1曲の大作「Flight」のみで占められているが、曲は7つのパートに分かれている。美しいピアノの弾き語りが前半を占める「Flying Blind」では、飛行中に突如として事故にあった男の心境が歌われるという形でこの大きな物語へと導いていく。ドラムスの導入によるドラマチックな後半では、メロディや歌詞とA面と同様に殺伐とした手触りの音作りとの対比が面白い。エフェクト系のシンセによって導かれる「The White Cane Fandango」では最初の「目隠し」を受けて「白い杖」が登場し、それがファンダンゴという激しく陽気なダンスを踊るということに象徴されるようにアイロニカルな内容が激しく歌われる。一転して静かな「Control」では抑制を取り戻した男が現実を直視することで更なる絶望へと突き進んでいく様が歌われる。そして再びアップテンポにもどり、一見落ち着いたかのように歌われる「Cockpit」は、しかし、徐々にヒートアップしていく。これに反してバックの演奏は、能天気ともいえるコーラスやリズムが強烈なコントラストを見せている。しかしこれに続くのはシリアスな「Silk-Worm Wings」。ここで一気に破滅に向かってまっさかさまに落ちていくさまが描かれる。その落下の最中の絶望か狂気かさとりか、非常に意味ありげなタイトルである「Nothing is Nothing」で目の前に迫る地面を…。そしてブラック・アウト。一瞬の静寂の後、のどかとも言えるキーボードに導かれて始まる最後のパート「A Black Box」。アルバムのタイトルともなっているこのパートは、短絡的には死後の世界か悪夢から目覚めたのか、死への諦念からくる最後の瞬間の悟りの境地か、そんなところが思い浮かぶのだが、実は希望を歌ったものなのかもしれない。どう受け取るかはこの曲を聴いたあなたの手に委ねられている。この曲は事故を起こした飛行機が墜落するまでの間を歌ったものであり、同時にさまざまに解釈ができるようにできている。真実は「あなたの聴く音楽」の中にのみあるのだから。
個人的には、もっとも強烈な一枚として好きなアルバムであるが、前作以上にギミック過剰であることから楽曲は好きだがこのバージョンは好きではないという人も多いようだ。しかし、このアルバムがPHのソロ活動のひとつの到達点であったことは間違いなく、この後の3枚のアルバムは、このアルバムからの発展・展開だと見ることができる。それゆえこのアルバムには原石にたとえることもできるような、さまざまな展開の可能性を秘めた楽曲が数多く収録されている。それを突き詰めていく作業は次作発表後にこれら2枚の楽曲を演奏するために結成されたKグループでのライブ活動によって行われることとなる。Kグループとしての2枚のアルバムが高い評価を受けているのはその作業があったからこそだといえる。この「A Black Box」というアルバムは、「pH7」までのソロ・アルバムの延長戦であると同時にまったく新しい可能性を拡げて見せた斬新な試みでもあっただろう。硬質な研ぎ澄まされた感覚とぎりぎりのところでこの世界にとどまっていることのできる強靭な精神を持つ孤高の一枚だと言える。それゆえにすんなりと聴けるアルバムではな
い。
by BLOG Master 宮崎