"The Quiet Zone, the Pleasure Dome" <Van der Graaf> |
1. Lizard Play
2. The Habit of the Broken Heart
3. The Siren Song
4. Last Frame
5. The Wave
6. Cat's Eye/Yellow Fever (Running)
7. The Sphinx in the face
8. Chemical World
9. The Sphinx returns
1977年1月から2月にかけてバンドはオーディションを行いストリング・ドリブン・シングのバイオリニストであったグラハム・スミスをメンバーに加えた。と同時に昔のバンド・メイトであるニック・ポッターを再び呼び寄せたのである。これはヒューの存在がいかに大きなものであったかを証明するようなものであり、ヒューのいない穴を埋めるためには二人の補充が必要だったのである。この二人を加えたバンドでのリハーサルを二日ほど行った時点で、デヴィッド・ジャクソンが「やはりヒューのいないバンドはもはやVdGGではない」ということで脱退を決めている。バンドはもはや同じバンドではない、という自覚も込めて、彼らはその名前から発電機=ジェネレイターをはずし、ヴァン・ダー・グラーフ(VdG)と短くしたのである。これはしかし、ファンの間では昔からバンドをこの短縮された形で呼び習わしていたこともあって、さほど極端な違和感もなく受け入れられた。私はこのVdGのことを「末期」と呼んでいる。バンドの歴史の中で、アルバム発表を行った時期だけをとりだせば、初期(エアロゾル)、前期(ザ・リーストからポウン・ハーツまで)、後期(ゴッドブラフからワールド・レコードまで)そしてこの末期の四つの時期が存在していると考えているからだ。
デヴィッドが抜けた後もバンドはリハーサルを重ね、その中でニックは「この四人編成はとてもパワフルなユニット」だと認識していったという。そして、VdGGと大きな違いとして、VdGは、最初のツアーからバンドのマテリアルとピーターのソロ・マテリアルとを区別なく演奏していることが挙げられる。これはこのバンドの本質がすでにピーターのソロと同じ地平に移行しつつあることを意味していたのではないかということを邪推させずにはいられない。その邪推を支える根拠としてアルバムのプロデュースが前作までのバンド名義からピーターの個人名義になっていることを挙げておこう。また、エンジニアリングにおいても、前作までの3枚がパット・モラン一人だったのに対してこのアルバムでは他に二人のエンジニアが参加している。当然ながらスタジオも複数個所に分散している。しかし、もちろん、本作の前後に発表されたピーターの2枚のソロ・アルバム「オーバー」と「ザ・フューチャー・ナウ」との比較において見る限り、必ずしもこのアルバムがソロ作品のバンド・バージョンではないこともまた明白だろう。方向性は明らかに違っているからだ。もちろん、「オーバー」で登場した内省的な、あるいは誤解を恐れずに言うならある意味センチメンタルなテイストの楽曲が本作にも登場しているのは間違いないし、「ネイディア」の延長線上にある『スリー・コード』楽曲が多いことは事実である。アルバムは1977年の5月13日から6月12日までの一ヶ月をかけて録音された。
「Lizard Play」:後期三部作ではほとんど聴くことのできなかったアコースティック・ギターが再び登場するイントロにバイオリンが絡むイントロで、これがまったく新しいバンドの音だということが否が応でも意識される。ガイの繰り出すドラムスは前作「ワールド・レコード」の延長にあると言ってよく、非常にタイトで、ニックの弾くベースとよく絡み、楽曲を引き締めている。ゲストでデヴィッドが参加している。
「The Habit of the Broken Heart」:再びアコースティック・ギターで始まる2曲目はよりスローなテンポではあるが、ガイのドラムスがやはりとてもタイトで、それがウェットな部分とのバランスを取っている。ギターがもしエレクトリックだったなら一体どんな風に聞こえたであろうか、と時々思うことがある。これはアコースティック楽器中心の編成によるパンクなのかもしれない。
「The Siren Song」:昨年の来日公演でも演奏されたので知っている方も多いと思うが、原曲はバンドによるものである。リズムが加わっていることでソロでのライブ演奏よりもさらに流麗に聞こえるのはリズムがはっきりとしているからだろうか。その分メロディの美しさがより明確になっているのだ。進行のメリハリもより明確であり基本的にドラマチックな楽曲であることがよく分かる。バイオリンはもちろん、スチュアート・ゴードンではないのでまったく趣が異なっている。スチュアートが基本的にはイギリスのトラッドに根ざしたフィドラーであるのに対してグラハムはよくクラシックよりであり、かつジプシー的なラインを得意としている。いずれにしてもバイオリンの似合う名曲である。
「Last Frame」:これもまたライブでの定番曲のひとつであるが、イントロはまったく異なっている。なのでライブから入った人にとってはすぐにこの曲だということが分からないだろう。決して音数が少ないわけではないが、静けさを意識させるようなアレンジが非常に印象的で、それが返って中間部から後半にかけての盛り上がりをくっきりと浮かび上がらせている。途中から目立ってくるEギターがこの曲もまたパンク的な側面を内に秘めていることをほのめかしている。
「The Wave」:さらにライブでのお馴染みが続く。正直この曲あたりになるとソロ・アルバムに入っていても何の違和感もない仕上がりなのだが、それでもアンサンブルはバンドでしかありえないものである。この手のバラッドはソロ作品では多いものの、VdGGとしての楽曲としては珍しい。それゆえか、このアルバムの中にあって、B面の1曲目という位置を得ていながらもなんとなく印象が薄い。前後の曲が激しい分、CDというメディアでは損をしているのかもしれない。
「Cat's Eye/Yellow Fever (Running)」:翌1978年にフランスでシングルとしても発売されたこの曲こそがこのVdGというバンドの最も核心的なところを表していたのではないだろうか。この疾走感、パンキッシュでありながら非常に端正。相反する要素を内包したクラシカルでありながらも破綻したアレンジ。個人的なお気に入りのひとつでもある。
「The Sphinx in the face」:これはKグループ時代の定番曲であるが、原曲であるこちらを聞いた後でKグループのライブ演奏を聞くと、ひとつの推測をしたくなる。それはKグループはVdGでやりたかったことをより突き詰めた形で実現しようとしたものではなかったのかということである。バイオリンの有無がもっとも大きな違いであるが、どちらがよりよいということでなく、よりラウドでワイルドかつタイトなものを目指そうとしたのではないだろうか。それは結局「ビート・グループ」とピーターが評したKグループの本質であったと同時に、このVdGが目指したものが実は同じ地平にあったのではないかという仮説は次のライブ・アルバム「ヴァイタル」で明らかにされるだろう。この曲で再びゲストでデヴィッドが参加している。
「Chemical World」:この曲もまたピーターのソロ色の強い一曲である。とは言え、アレンジの随所にちりばめられたバンドならではのトリックというか技が本アルバム中最も多いのもこの曲の特徴かもしれない。それは途中のインプロ合戦じみた部分も含めてソロではありえないものだからだ。おそらくライブで演奏されていたとしたら収拾のつかないほどインプロ合戦が続いたのではないだろうか。残念ながらそれを確認する手段はない。
「The Sphinx returns」:そしてリプライズ。最後のリフレイン部分のみを短く収録している。これはどういう意図があったのかよく分からないが、この曲のおかげでこのアルバムの全体の印象が決まってしまっているように思うのは私だけだろうか。
アルバム・タイトルは新譜として日本発売された当時「静粛/歓喜」と訳されていた。原題を無理に訳するとすれば「静粛地帯/歓楽宮」と言った直訳の方がニュアンス的には分かりやすいのかもしれない。LPで発表されたがゆえにA面が「ザ・クワイエット・ゾーン」、B面が「ザ・プレジャー・ドーム」(右はLP裏面ジャケット。左上に『The Pleasure Dome』とクレジットされている)と分けられていたのであるが、CDという形態ではそれを意識して聴くことは難しいのかもしれない。復活したアコースティック・ギターとアコースティック・バイオリンを中心として、ニックのつぶれたベースの音が特徴的にこのバンドがまったく新しいものであったことを示している。それは古くからのファンを戸惑わせるものであったかもしれないし、「プログレ」ファンには拒絶反応さえ引き起こしたと言われているが、その発表からすでに28年が経とうとしている今、私たちはその後のピーターの音楽を知っているし、このアルバムの特異なポジションも理解しやすくなっているはずだ。ここにあるのはやはり『ネイディア』で見せた音楽のもうひとつの発展形であることに間違いはない。楽曲的には「ワールド・レコード」の延長線上にあると思われるリズムのはっきりしたダンスのための音楽とも取れるものと、ソロ作品といわれても何の不思議もないような楽曲の二つのグループが収められている。ガイはこのアルバムのことを「これはカリスマ・レーベルからの要求を満足させるものであった、ヒットする可能性すら多分にあった。これは非常にモダーンなアルバムだったのだ」と言っている。時は1977年。パンク登場によって音楽業界は大きく変化しつつあった。バンドの進化はその変化を先取りしていたのかもしれない。
1978年にフランスで発売されたシングル「Cat's Eye/Yellow Fever (Running)」にはアルバム未収録の楽曲が組み合わされている。「Ship of Fools」である。これは次作『ヴァイタル』でライブ・バージョンを聴くことができるものの、スタジオ・テイクはこのシングル盤のみでしか聴けない。幸い現在ではヴァージン・ユニバーサルから出ているコンピレーション『I Prophesy Disastar』に収録されているので機会があれば聴いてみて欲しい。本作の中には収めることが出来なかったへヴィでラウドなVdGを見出すことだろう。
バンドはアルバム発表前にオーディションを行いチェロ奏者チャールズ・ディッキーをメンバーに加える。ギターを弾くことの多くなったピーターのピアノの欠如を補うこともその目的のひとつであったと言われている。この5人編成でのライブはまさにヘヴィ・メタリックなワイルドなものであったというが、そのお話は次作『ヴァイタル』に譲ろう。この5人編成でのリハーサルは8月からスタートした。本アルバムは1977年9月にリリースされたのである。
by BLOG Master 宮崎