"Tonewall Stands" <David Jackson> |
1. Tumbledown (3.16)
2. Beat the Schism (4.28)
3. Corpus Christi Carol (2.50)
4. Touchpaper Blue (5.24)
5. Polar Bear (5.28)
6. Gubb'm'Bikik (4.28)
7. Rangoon Pilot (3.36)
8. Romance from Lorca (3.06)
9. Tonewall Stands (4.44)
10. Turn into the Wind (5.24)
本格的な準備をして録音された本作は、完全にソロ作品で占められている。このアルバムではVdGGのメンバーは一人も参加しておらず、ニック・グラハム(Nick Graham:b,per)とジェレミー・ステイシー(Jeremy Stacey:ds)が基本的なリズム・セクションとして全曲に参加。ゲストとして、当時DJがゲストとして参加した「SPACED OUT」を発表したThe Magic Mushroom Bandの二人が客演している。基本的な音楽性は「陽気なVdGG」と言えよう。あの独特のメロディやリフが微妙にメジャーなコード進行の上に重なり、どちらかというとブルースよりのリズムに乗って縦横無尽に吹きまくられている。結果としてアルバム全体が不思議な雰囲気を持ったものとなっている。1作目と違うのはボーカル・ナンバーが1曲もないこと。そのことで多少アクセントに欠ける点もないことはないが、サックス類とフルートを中心にさまざまな管楽器を実に楽しげに演奏しているDJを思い浮かべながら存分に楽しめるアルバムとなっている。英国トラッドの薫りぷんぷんなものから、R&B的なもの、重厚なアンサンブルまで非常にバラエティに富んだ作品である。
1曲目「Tumbledown」は軽快なホイッスルとマーチング・ドラムをベースにしたいかにも英国的なもの。ホイッスルがサックスに変わったあたりからロック的な展開に行きそうになるが、すぐにトロピカルな雰囲気に移行し、すぐにまた重厚なアレンジの後半へと変わるところがなんとも目まぐるしく、変幻自在なDJの音楽性を象徴している。「Beat the Schism」ではDJのオルガンが控えめにバックに流れるが曲自体はアップテンポなR&Bベースの陽気なもの。タイトルは「分裂症を打ちのめせ」とでもいう意味だろうか。非常にのりの良い曲。3曲目として取り上げられたのは英国の大作曲家の一人ブリテン(Benjamin Britten)の「Corpus Christi Carol」。静かで美しいソプラノサックスのメロディ・ラインが耳に残る。ライブでもよく演奏されている曲だ。次はブルースでタイトルも「Touchpaper Blue」。まさにVdGGが明るいブルースを演奏していたらこうなったであろうという曲。フレージングやリフはVdGGそのものなのにブルース!しかも陽気な。VdGGファンならば心から楽しめる曲だ。そして前作「The Long Hello Volume Three」の1曲目を「Polar Bear」とタイトルを短くして再録。前作では跳ねるリズムが特徴的だったのに対してここではゆったりとしたたおやかなリズムで最後まで通している。「Gubb'm'Bikik」という耳慣れない言葉、じつはイギリスの子供、というか幼児の使う言葉で、しいて日本語にするなら「がぶんちょ」とか「んがっちょぶ」などの擬音語だか擬態語だか分からない言葉になるだろう。このタイトルなので内容もはちゃめちゃに楽しい曲である。続いては「Rangoon Pilot」。なぜラングーンなのか?来日時に訊いてみるしかありませんね。これも波間を走り抜けるように泳ぐイルカのようなイメージの曲で、DJのフルートの魅力を最大限に聴かせてくれます。8曲目の「Romance from Lorca」はスペインのトラッド曲で、ユーフォニウムで息子のジャイコブ・ジャクソン(Jacob Jackson)が参加しています。ここでのメインはソプラノ・サックス。アレンジのせいかトラッドというよりも中世音楽という趣です。そこにあの独特のサックスが絡むとなんとも言えない不可思議な漢字。そして再び前作からのリメイク曲「Tonewall Stands」です。前作では鳥の鳴き声から始まっていましたが、ここではパーカッションから静かに入っていきます。イントロからメインのフレーズに入るところなど鳥肌物。ドラムスとベースがとても存在感があって、リメイク大成功。DJのテーマ曲ですから、それだけ思い入れも強いようです。後半に向かうにつれてどんどん盛り上がっていく展開はシンプルな曲な分感動的です。最後の曲「Turn into the Wind」は、今年のイタリアでのライブの際にも演奏された曲で、このアルバムの中で唯一コーラスが付いています。歌詞はありませんが、DJ夫妻とマジック・マッシュルーム・バンドのメンバーが歌っています。かもめの鳴き声からゲストのポール・ジェイムズ(Paul James)の吹くボーダー・パイプに導かれて荘厳なまでの大海原の風景が目の前に広がります。テーマをいろいろな楽器で繰り返し吹きながら海のかなたへと消えていく死者を悼みます。後半のコーラスはさらに重厚に荘厳に盛り上げて、そして消えていきます。
このアルバムは、1992年にボイスプリントから発表されましたが、あまり話題にはならなかったと記憶しています。日本でもあまり流通しなかったのではないでしょうか。これだけ音楽性の豊かな作品が埋もれてしまっているというのは非常にもったいないことです。プログレッシブ・ロックとしてしか興味がもてないというのなら別ですが、ロックというカテゴリがもともとそのベースとしたさまざまな音楽を聴いてみたいという方にはぜひとも聴いて欲しい一枚です。「陽気なVdGG」というのは、実はバンドの本来的な姿だったのかもしれません。とにかくこのアルバムを聴くことでVdGGの音楽がPH一人から成るものではなく、バンドのメンバーが揃ってこそのものであったというのを認識しなおしてもらえれば大変うれしく思います。ことにあの独特のフレーズのかなりの部分がDJに拠っていたということは非常に大きな事実です。「Pioneer's over C」、「A Plague of Lighthouskeepers」の「Land's End」から「We Go Now」。「Scorched Earth」、「Pilgrims」などDJが作曲者としてクレジットされている作品をぜひもう一度聴きなおしてみていただきたい。
by BLOG Master 宮崎