"In Camera" <Peter Hammill" |
1. Ferret & Featherbird
2. No More (the Sub-Mariner)
3. Tapeworm
4. Again
5. Faint-heart and the Sermon
6. The Comet, the Course, the Tail
7. Gog
8. Magog (in Bromine Chambers)
4枚目となる本作は、前2作がソロとバンドの両方のスタイルでの楽曲を収めたものであったのに対し、VdGG解散後、ソロとしての自分のキャリアを真剣に見つめなおし、ソロ作品の起点となるべきものとしようと最初から考えられた初めての作品である。この時点ではまだ後期(第3期)VdGGの構想はこれっぽっちも頭の中になかったという。それゆえ、この時すでにアナログ・レコーディングのシステムとしてはほぼ完成の域に達していた当時のソファ・サウンド(スタジオ)で、参加ミュージシャンもガイ・エヴァンス(ds)2曲(3,7)、クリス・ジャッジ・スミス(per)と、VdGGやジェネシスのジャケット・デザインで有名なポール・ホワイトヘッド(per)の二人が1曲(7)というごくごく限られた形で録音は行われた。したがって、本作こそが、ほとんど一人で作り上げた最初の「自宅録音」アルバムだといえる。タイトルとなっている「イン・カメラ」は当時の邦題は「被写体」となっているが、辞書を引くと「密かに、機密に、内密に、判事の個室で、判事の私室で、密に、裁判官の私室で、非公開で、室内で」という熟語であり、PH自身の書いたアーティスト・ノーツを読むと、ソファ・サウンド(スタジオ)に閉じこもってレコーディングを行ったことを象徴しているようにも取れる。「撮影禁止」「非公開」という意味で、裁判での用語としても使われるものらしい。
アルバムは一瞬あれっと思うほど静かに始まる「Ferret & Featherbird」。後にVdGGの1stアルバム「Aerosol Grey Machine」のCD化に伴いボーナス・トラックとしてバンドのバージョンが発表されたのでそれと聴き比べるとより面白いだろう。印象はまったく異なる。続く2曲目「No More (the Sub-Mariner)」は一転して濃厚なキーボード類の音に圧迫感さえ感じるほどの迫力で濃密な音空間を演出している。これほどまでの緊張感を聴くものに強いる音楽というのも多くはないと思うが、これがまたPHの音楽の魅力のひとつであるのは間違いない。ある種ストイックな緊張感の跡に訪れるカタルシスのような感覚はほかの音楽では味わえないだろう。前作でも垣間見せた激しいロックンロール調の曲「Tapeworm」は、リキ・ネイディア(Rikki Nadir)への前触れとでも言うべきもの。この曲のみガイ・エヴァンスがドラムスを叩いているが、ほかがPH一人の多重録音であるとは思えないほどのでき。PHの楽器の腕前があまり良いものではないというのは周知のことだが、私自身は良い音楽を成立させるのはテクニックばかりではないと思うし、現にミス・トーンの多いPHのライブの方が完璧な演奏をするイエスやドリームシアターなどよりも数段すばらしいのはファンならばよく知っていることだと思う。そして、ライブでの定番であり、しばしばアカペラで歌われることもある長人気曲のひとつ「Again」。ここではアコースティック・ギターを中心にはしているがベースやキーボードを重ねた演奏で、テンポもライブでの演奏よりは速い。漠とした空間が突如として広がるこの曲順はまったく完璧。そして再び癖の強い独特の節回しのイントロが印象的な「Faint-heart and the Sermon」クラシカルなアレンジをエフェクトのかかったキーボードが奏でる中、シンフォニックなまでに盛り上がっていく中盤は明らかにVdGGとは違う方向を目指すPHの宣言とも取れる。
旧B面は、これもまたライブでの定番かつ超人気曲の中でもとりわけファンの多いギター曲「The Comet, the Course, the Tail」これもドラムス抜きだがバンド的な音作りを施してある。しかし、この力強さは圧倒的だ。それはPHの歌そのものの力だといってもいいだろう。声だけでなく、メロディーだけでなく、歌い方だけでなく、演奏だけでなく、歌詞の内容だけでなく、そのすべてがひとつになった「うた」というものが、これだけの力を持ちうるという代表的な楽曲だと言える。ライブではアコースティック・ギター一本で歌われることが多いが、その分、歌のコアな部分の本質的な力というものが如実に表れるような気がする。名曲である。エンディングの突き放したような響きから一転して荒れ狂う轟音が鳴り響き「Gog」が始まります。「ゴグとマゴグ(Gog and Magog)」というキリスト教以前の神話に登場する太古の二人の巨人、伝説上のブリテンの始祖ブルータスに滅ぼされた巨人族の2人の生き残り。あるいは、キリスト教(聖書)では、GogとMagogは、ハルマゲドンの戦いで悪魔と同盟した世界のすべての国民を表すともなっているようです。PHの得意とするダブル・ミーニングの中でもキリスト教にも欧州の古代神話にもなじみの薄い日本人には少しわかりにくいタイトルです。しかも二つに分けられていることまで考慮して、というのはさらに解釈を難しくしています。「Gog」では荒れ狂う轟音の中で歌い叫び続けているのですが、この曲をしてVdGGとはまったく異なる形でのバンド的なサウンドを確立したと認識したようです。一方メドレーで続く「Magog」では一切歌いません。完全にインプロビゼーションのように聞こえるのですが、実際ポールとジャッジ・スミスを缶詰にして好きにやらせたものを加えて録音後にいろいろといじりまわしたもののようです。基本的なコンセプトは「緊張と弛緩」。「PH=うた」としか捉えていなかったファンには、ソロ・アルバムでこのような曲が、しかも長い形で収録されていたことはかなりショックだったのではないでしょうか。
このアルバムのミックス・ダウンをしている最中に、ジェネシスのカナダ・ツアーのオープニング・アクトのオファーを受け、実際、カナダをツアーするのですが、そこでジェネシスの演奏に触れ、再びバンドでの活動への意欲を燃やしたことが次のステップへとつながっていったと語っています。そういう意味で、この作品は、その後のソロ作品の原型であると同時に(この後のVdGG再結成によって)「中断された」ソロ・キャリアの象徴的な出発でもあります。
by BLOG Master 宮崎